伯父の終活。

来月80歳を迎える伯父。
伯母を亡くして5年の歳月が過ぎ、これまでひとりで伯母と住んでいたマンションで頑張って来ましたが、終活の一環としてマンションを引き払い、私が住んでいるマンションの1階へ引越しすることになりました。

子供がいない夫婦であり、伯父には頼れる身内もなく。
母の実姉である伯母に先立たれてしまったので、先のことを考えればいくら私たちと付き合いが切れていないとは言え不安でいっぱいだっただろうと思います。

伯父は酔うたびに、近々マンションを私の名義に変えて…とか、そういう話をしていました。
それはきっと、遠回しにそうするから自分の最期を任されて欲しいということなのだろうなと察していました。

YOSSY
おじちゃん、私マンションは要らないから、もう若くないんだし、もっと身軽になって気楽に生きたらどう?

という言葉がきっかけで、伯父の終活が始まりました。
持ち家だったマンションでしたが、エレベーターのない4階の部屋で老体にはきつくなってきたのも事実で「売る」という選択も視野に入れ始めたところでした。

私の住んでいるマンションは賃貸専用なのですが、やはり近くにいてくれれば何かの時には少しは力になってあげられるだろうということもあり、昨年末マンションの管理人さんに1階か2階に空き部屋はないかと尋ねに行ったところ、なかなか空かないマンションなのですが偶然にも1月で退去する家があるとの情報が入りました。
そこからはトントン拍子で。
伯父も納得のいく額で早々にマンションの買い手もつき。
何ひとつ障害になることもなく話が進みました。

今回伯父が売った家は、亡くなった伯母が「終の住処」として過ごした部屋だったことや、私も学生時代から1人で1ヶ月程泊まりに行ったり、生まれたばかりの息子を連れてしばらく泊まらせてもらったり。
札幌に移住した当初は友達もなく、毎日のように遊びに行った家です。
伯父と伯母が息子に歩く練習をさせたり、おじがお馬さんになって伯母まで背中に乗ってしまったり…笑
少なからず私にとっても思い出がたくさんあった家だったので、伯父にとってはもっともっと深くて愛おしい空間だっただろうと思うと切なさがこみ上げます。

「終活」はやっぱり綺麗事ではなく、とてつもない切なさを伴います。
まだまだ元気に生きるために、或いは安心して生きていくために、決別しないといけない過去や片を付けなければならない思い出がたくさんあるということです。
それらを全部抱きしめたまま老いを受け入れて生きていくことは難しいのだなと伯父を見ていて感じます。

せめて周りがしてあげられるのは、「引っ越して良かった」と思えるような暮らしをサポートしてあげることでしょう。
「そんな引っ越しなんてしないで、そのままでいいんだよ!」
と言って引き止めることもできましたが、それは長い目で見たら、逆に残酷な結果を招くと思いました。
4階から出掛けるのが億劫になり、出掛ける回数が減り、ますます年老いて、人と会わない心は暗くなり、思うように体も動かなくなってからでは家の片付けもできなくなり、何もかもが思い通りにいかない。
そうなる前にやらせてあげないといけないのです。
そうなる前に背中を押してあげることが精一杯の愛情だと判断しました。

なるべく外に出やすい場所で、なるべく前向きになれるような環境をサポートすることが周りの人間の役目なのです。

今日は、引っ越し前最後になってしまいましたが、伯父と伯母の部屋へ行ってきました。
写真は、大好きだったベランダからの風景です。
伯母もよく息子をおぶってベランダに出ていた姿を思い出しました。
部屋のひとつひとつにお礼を伝えながら、伯母の仏壇にも手を合わせました。
よくよく考えたら、そんな今日は伯母の月命日でもあり、朝ふと思い立って息子と「今日行こうか」なんて話になって行ってきたのですが、息子は「きっと、おばあちゃんが今日おいでって言ってたんだね!」なんて言い出すので思わず泣けてしまいました。

自分の両親や近しい人が終活を考え始めると心のどこかでそれを否定したい衝動に駆られるものですが、終活は元気で体が動くうちにさせてあげないとやれないものです。
そんな時は否定せずに優しく受け入れてあげること、時には思いやりを持って話し合うことや背中を押してあげることが愛情である場合もあります。

伯父の終活が伯父にとって納得のいく、できたら満足できる、そんな結果になるように私もサポートしたいと思います。




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